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2011/05/27

クローズアップ現代での自転車通勤特集

水曜日だったか、欧米では自転車都市が誕生、日本での課題は?といったような内容だった。

番組で紹介されていたグラフによると、日本ではここ数十年で車で通勤する人が増え、バスや徒歩での通勤が減っている。都市部で遠距離通勤が増え、地方では車を使う人が増えているということか。
日本での課題は自転車専用路などを作っても、駐車されたり、住民の反対にあったり、コンセンサスが得られないことだという。
その点、倫敦の事例(市長からのトップダウンで、街の至るところに6千台ものレンタサイクルを整備、さらに郊外の住宅街と街の中心部を結ぶ大規模な自転車専用の高速道路を建設する計画)は日本にとっても参考になるかもしれない。
横浜の住宅街だと坂が多くて自転車通勤は特に帰りが大変。住宅街まで自転車専用路を無理に作らず、バスと自転車ターミナルを活用すればいかもしれない。(前の市長がバス路線をだいぶ廃止してしまったが)
大枠の計画は国やら東京のシンクタンク?(何してるんでしょうね、何年も)が作るとしても、個々の都市ではその特色に応じて建設すればいい、と思う。
ゼネコンの最後の楽園となるかもしれないが、それはそれでいいのでは?

さて、いまはその面影薄いが、かつて・・いつごろまでだっただろうか、中国は実用自転車大国だった。
北京の道路は3つに分けられていた。中央は自動車道であり、これは日本と同じ。が、車道と歩道の間に、さらに専門の自転車道があり、歩行者と自転車が混在することはなかった。また、車と同じく右側通行で専用車線の逆走者は少ないし(日本の都市部は逆走が多い)、邪魔者は怒鳴りつけられる(女性も怒鳴る(^_^;)。

ある人は西郊外にある北京大学付近の宿舎から、1990年当時、私が勤務していた北京の東郊外の大学へ20数kmほどの道のりを毎日毎日、零下10度で道路がカチンカチンの真冬の朝も自転車通勤してきた。私の宿舎は大学の隣で歩いて1分だった。

「○さん、(遠いのに毎日)すごいねー!寒いでしょうー?」
「だいじょうぶ。バス遅いし、しかたない(苦笑)」
「2時間くらい、かかる?」
「1時間半くらい」

○さんの家からはバスで地下鉄駅へ、地下鉄からバスを乗り継いで2時間はゆうにかかった。しかもバス終点から歩いて15分かかる。自転車通勤のほうが早くて合理的だった。バスはしょっちゅうエンコする、そんな時代でもあった。

自転車の速度は速く、巡航速度20kmくらいではなかったろうか。車高の低いいわゆるママチャリではなく、女性も車高の高い実用車に乗って、自転車通勤の隊列に入る。ツールドフランスのシャンゼリゼ周回に数万人が参加しているような、そんな壮観な光景だった。

路地では、(違反だけど)子供を後ろに乗せたりしている。二人のりは罰金の対象であることと、主要道路での二人乗りは明らかに危険で、少なくとも広い道路では見られない。でも、当時二人乗りは多くの人ができた。男子学生は女子学生を後ろに乗せないとならなかったし、その女子学生もそのうち、子供を乗せるようになる。

私も自転車でバス停まで行ったり、時には中心部まで出かけた。バス停には必ず駐輪場がありいくばくか払って停める。その切符を切るおじさんが自転車を見張ってくれるので安心だった。二人乗りもすぐできるようになった。

自転車は当時の北京で必要欠くべからざる移動の手段だった。そんな昔を思い出しつつ、必要欠くべからざる道具という認識を社会で共有できることが大事!と番組を見て改めて思った。立ち止まることを余儀なくされている今こそがその契機になると思うのだが・・・

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