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2015/05/10

atsさん ありがとう

私がatsさんと最初に出会ったのは2009年6月FCYCLEの「奥鬼怒林道田代山林道」オフが最初でした。

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アプローチの電車で関西イントネーションで気さくに声をかけてくれたのを今でも憶えています。

(以下、私の主観で内輪なことも書きますが、どうぞお許しを。天国でatsさんも苦笑しておられるでしょう)

2009年11月妙高小谷林道(秋の信州オフ)12月大名栗  妙高小谷林道は別働隊4名で未舗装路の紅葉を楽しみ、露天風呂に入りました。atsさんと私を含む3名の関心ごとは残りの1名が男女どちらのお風呂に入るのかという下世話な1点でした(ゴメンナサイ)

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(大名栗林道にて)

たまたま参加した多摩川オフではatsさん奥様の「主人が趣味で喜ぶさまを見ているのが楽しい」という実感のこもった一言に感動したこともあったっけ。

2010年は大菩薩峠南アルプスオフ 尾瀬ツアー  安が森林道 上州紅葉オフ 櫛形山林道 西丹沢 やkondoさん主宰の奥多摩山サイなど。このころは主に常任幹事Tさん主宰のオフでご一緒させていただきました。

尾瀬ツアーではatsさんの愛車が突如ポテチに。左右6cmにふれるという事態になりましたが、バテバテの私と対照的に猛然と御池ロッジに。旅程も貫徹されました。私もちゃっかり翌日には体調回復していたのでした。

櫛形山林道ではatsさん含む本隊が日帰りで、私と他2名が赤石温泉に泊まることにして本隊と別れて、温泉入って酒飲んでいい気になっていたのですが、夜更けて、あの世話好きで人格円満なatsさんから珍しく怒気を含んだ声で「タクシー呼んでくれる?」と電話がかかってきてびっくり!などという一コマがありました。聞けばメカトラを連発しまくって悪びれぬメンバー(その彼はこの1回きりの参加でした)がいて集団はまだ旅館の近くから進めずにいたのでした。

上州紅葉オフでは崩落にぶち当たって進軍派と転進派に分裂しながらもやがて合流したり。私とatsさんは常任幹事TさんとA@相模さんと転進派に回ったのでした。

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(合流点にて)

2011年 西秩父 では、珍しく調子がお悪く早退されました。

震災後atsさん主宰で嵐山から栗山。このころ私はあることがきっかけでFCYCLEを抜けたのですが、このときも家に来てくれていろいろと話をしつつ近くの店で昼から浴びるように酒を飲んだ、なんてこともありました。

このころからatsさんと個人的に出かけたり、atsさん主宰のオフに混ぜてもらうことが増えました。

奥多摩御岳山林道(オフ) 木曽(オフ) 黒河内林道 岩手ツーリング(3名) 細尾峠粕尾峠 八溝山久慈川林道(3名) 奥鬼怒林道志津林道(3名) 明神ケ岳、明星ケ岳 金時線 矢倉沢峠 

遠出の岩手ツーリングではプランに苦心しましたが、早池峰山に登ったり、地元の人たちの親切でヒッチハイクさせてもらったり、2日目の釜津田の宿では早朝からなでしこジャパンに感動したり、印象深い夏のツーリングになりました。そういえば1泊目のタイマグラの宿では昭和の歌謡歌合戦をしましたね。

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(岩手 釜津田付近)

志津林道では掘削の激しさに2度と来るか!と悪態をつきながら日光までの長い下り、自転車を引きづりおろしました。

12月の箱根は天気と景観の素晴らしさが印象に残りました。

2012年はatsさんが恒例行事として始めた都内ポタ を始め、 星尾峠 杖突から町道高嶺線、女沢峠  星尾峠では南牧側に降りるときに道に迷ったりしました。女沢峠への上りでは私が催してご迷惑をおかけしました。

山形福島の県境越えツーリング  五枚沢林道赤崩 では喜多方、米沢でのラーメン、酒蔵、米沢牛、さくらんぼなどグルメも堪能するぜいたくなツーリングでした。

秋以降も那須三斗小屋宿 乗鞍 奥志賀 など雨にたたられたいくつかのオフでご一緒させていただきました。三斗小屋もよかったし、この秋はなんといっても10月の白神ライン八幡平(3名) 野反湖から魚野川水平林道(3名) 大河原峠から大石川林道を双子池、雨池、麦草峠へ の3つの旅が強く印象に残っています。

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(大石川林道入り口付近にて)

連休に出かけた白神ラインと八幡平。帰りには妻の実家にも立ち寄ってくれました。

atsさんが紅葉の野反湖の美しさに感動していたことも記憶に残っています。寒いバンガロー.。峡谷上をゆく魚野川水平林道の迫力。

この魚野川行は私が主宰したもので、ある人(私的な交流がなかった人)が自分が誘われなかったことで難癖をつけてきたのですが、atsさんはこのことに大変心を痛めてなんとか解決しようと働きかけをされていました。 私などはこの類の気遣いがまったくできない未熟者なので本当に頭が下がります。

大石川林道での八ヶ岳の雄大さと黄葉には2人して息を飲みました。

そして12月の石射太郎(3名)と曽我丘陵から尺里峠(3名) 金毘羅尾根  尺里峠からの帰りに3人でカラオケに行きましたね。atsさんは常に全力のプランで1日を遊びつくそうとされていました。(私などはすぐ「次回でいいかな・・」「また今度」などと思ってしまうのですが)

2013年は箱根旧街道で始まり、3月には伊豆大島へ。4月には春まだ浅い南八ヶ岳林道 へ。5月6月は私の自宅引っ越しがありご一緒できなかったのですが、7月 真木小金沢線  山サイで雁峠 将藍峠 (3名) 夏の奥秩父の緑の美しさに感動しまくりでした。

徳本峠行が雨で中止となり、上日川峠へ。 (徳本峠は結局翌年2014年5月に行きましたが、atsさんは療養中でした。ああ、2013年のこのときに一緒に行ければよかったのですが・・・)

このころ、ノートン号をオーダーしました。ノートン号の導入にはatsさんから多くのアドバイスと部品を譲り受けいただきました。

そして紅葉を愛するatsさんがもっとも好む季節。

10月連休に出かけた手代奥山林道朝日スーパーライン   日帰りの地蔵峠-コマクサ峠-湯の丸高峰林道

11月 atsさんと2人でのパターンでは最後の宿泊ツーリングとなった 精進ヶ滝、御座石、御庵沢小武川林道を経て赤石温泉  翌日の丸山林道

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恒例の乾杯

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(赤石温泉前で)

赤石温泉宿泊は3年前の櫛形山林道からの懸案でした。そして翌日の丸山林道も3年前の撤退からのリベンジでした。2日とも景観、紅葉すべてが完璧でした。atsさんは高校生の時から丸山林道に恋い焦がれていたそうです。考えてみると深代惇郎氏の天声人語のような完璧すぎる2日間でした。でももちろん滅びの予感などは感じません。こんなツーリングがまたできると思っていました。

そしてatsさん主宰のサヲラ峠 、そしてイチョウポタ がatsさん主宰オフへの最後の参加となりました。

Nさんをリーダーとした12月の山サイ 栂峠 余地峠(3名)  サイクリングでご一緒したのは今回が最後となってしまいました。このときは走りの調子も変わらず良かったし、酒もいつものように飲んでいたと記憶しています。この山サイはatsさんが(あえてFサイ時代のHNで呼ばせてもらいましょう)NUTSさんにずっと企画を要請していたものでした。

この秋から初冬は後から考えればこれまでの懸案やリベンジをいくつか果たした感はありました。でも明確に固まっていなかっただけでまだまだ計画は山積みでした。

このように振り返ると、atsさんとのツーリングは私のサイクリングの思い出そのものであったといわざるを得ません。

2014年。日程や胃の調子がお悪いとのことでサイクリングではご一緒できず、4月末に手術をされ、闘病生活が始まったのでした。何度か会食やお見舞いの機会を設けてくださり穏やかな表情で一緒の時間をすごしてくださいました。でも「なぜ自分が」というお気持ちはあったでしょう。それは私たち全員の気持ちでもありました。

そして2015年5月6日、旅立たれました。私とは5月1日にメールのやり取りをしたのが最後になりました。

いつも坂ではぐいぐい先行していき、遅い私を待ってくれたatsさん。この春、このような形で先行してしまうとは・・・・。ノートン号はatsさんとのツーリングを念頭に置いたものでしたが、ついに一緒に走ることはありませんでした。

たくさんたくさんサイクリングの素晴らしい思い出をありがとうございました。またそのうち一緒に走りましょう。私もatsさんと同じように自転車ツーリング用の服を新調して行きます。どうか安らかに。

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コメント

とし さん
atsさんとの思い出日記ありがとう、出会いは私と殆ど変らなかったのですね。
その後の「彼の自転車遊び」は猛烈な勢いでサイクリングツアーをしていたのですね~。貴方の彼の思い出の中にはまだまだ沢山の旅のレポートが有るのでしょうね、今後は時を見て彼の思い出を「書き込み」をして下さい、宜しくお願いします。

逝去されたから言うのではないのですが、彼とは年齢で18歳違うのですよ、だからなんとなく年の離れた弟の様な感じでありましたね~。私も大阪府出身で有りますので、同じ関西人同士で関西弁のイントネーションがとても良い感じで有ったのでしょうかね。。。

お通夜はお疲れ様でした-。
いいところ走ってますね。
atsさんからは「としさんと一緒に走るのが一番多いかナー」って伺ってましたよ。Meは次点でガッツリ走る時のパートナーだそうです。(笑)
「秋」が好きっておっしゃってましたね。「夏は走らない」がポリシーだそうで、8月は誘っても決して出てきませんでした。(笑)
「あのあたり行きたいですね-」というと、詳細なコースと宿の手配までして頂いて、、、 写真もイッパイ撮ってくれたものが残ってます。
彼との思い出は忘れることはないでしょう。
本当に残念です。 ご冥福をお祈りします。。。

atsさんとは、6年前のGWに輪行中に知り合って以来、何度もサイクリングに同行させていただきました。色々お世話になりました。ご冥福をお祈り致します。

N B san さん、 こんにちは。そうですね。自転車復帰の時期だったということだと思います。私はatsさんほど本格的ではなかったですが、分類的?にはatsさんと同様、出戻り組ということになるかと。atsさんのほうが人生の先輩ですが、中年になって学生時代を取り戻すかのように毎週のように出歩くようになったという点は似ています。空白があるからこそかえってそんなことを感じていたのかもしれません。そんなわけでよくご一緒させてもらいました。
本文にはコメントいただいてから後に少しだけ肉付けさせてもらいましたが、まだまだ折に触れて思い出すことでしょう。

あるびさん、土曜日はお疲れ様でした。
確かに木曽方面の話を聞きましたが、これでもかこれでもかと峠攻めだったようで、atsさんのガッツリーモードは私にはついていけません(笑)私も夏はあまり走りませんが、atsさんの影響なのかもしれません。そのかわり春、秋、特に12年13年あたりはオフも含めて文字通り毎週出かけていた気がします。特にカラマツの黄葉が大好きでしたね。
atsさんは「結構一通り行ったよねー」と漏らすこともありましたが、たぶんニューサイで読んだところは、という意味合いだったのかも。
こうなるならもっと行っておけばよかったなーと私自身は思っています。

すどうさん、土曜日はおつかれさまでした。
3人では妙高小谷、白神ライン(寒風山にも行かれましたね。私はついていけないと思ったので12湖に逃げましたが)、魚野川に行きましたね。どこだかでatsさんが財布なくしました。ハチ公の縁で見つかったような・・
それにしてもGWに知り合ったとはちょうど6年だったのですね・・

遠くの香川県に移ってしまったため、atsさんのご逝去はつい先日知りました。何回もご一緒させていただきましたが、それぞれが思い出されて、もうご一緒できないかと思うと残念でなりません。そういえば、仕事でノースキャロナイナのラーレーにしばらくの間出張していたというお話しをしたとき、atsさんはご家族とその地の大学に留学していたと言っていました。そんな話で盛り上がったことも懐かしい思い出となってしまいました。

にしひがしさん、ご無沙汰しております。いまは香川にいらっしゃるのですね。
このたびは残念なことになってしまいました。米国時代について私も何度かお聞きしたことがあります。
にしひがしさんといえば腰痛でやりとりしたことがありましたね。ご自愛のうえ、四国での自転車ライフも楽しんでください。

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