南三陸ツーリング(北上町、女川、牡鹿半島へ)2016/3/20
2日目は旧志津川町から旧北上町に入り、牡鹿半島を目指します。
自転車は漁具などを置いている小屋におかせてもらいました。おじさんが点検している網はタコ用だそうです。さんまを餌にするんだそうで、まあタコのほうが高いですからねえ。
宿は浜から高い場所にあります。浜から50年前(5年前ではない)にこちらに移ったそうですがおじさんの仕事場は浜で、おかみさんが宿をきりもりしています。昨日の宿泊は私だけでしたが、このあたりの宿は平日は工事での滞在者で混んでいるようです。きのうの防災庁舎ではツアーの見学団もいましたが、修学旅行での宿泊で牡鹿半島の宿は19日はどこも満員だったそうです。(今日20日は大丈夫ですが)
民宿は神割崎近くにあるので、寄ってみました。岬の公園には仮設住宅が並んでいました。小さい集落にはそれぞれ仮設住宅があり、まだ住んでいる方が多いです。高齢者のかただといまさら移住するのも大変だと思います。
昔、このあたりの2つの村が打ちあがったクジラを巡って取り分の争いになり、すると雷鳴がなって岩が真っ二つに割れ、割れ目を2つの村の境界として仲良く暮らすようになったという故事があるとのこと。
国道に戻り、適当に脇道にも入りつつ南下しました。
小さな漁港がたくさんあります。世間は休みですがワカメ漁は休まず。浜では作業にいそしむ人たちがそこここにみられました。
脇道のさびれた観光地。ホテルは震災と関係なくつぶれたようで、跡形もありません。ほぼ放置されている感じです。
白浜ホテルの跡地なのかどうかわかりませんが、斜面に復興住宅?が並んでいました。
北上川の橋を渡ると大川小学校がありました。この3月に保存か解体か決定するそうです。このような震災遺構、地元の自治体は基本的に解体したいと考えるようですが、簡単に結論が出る問題ではないと思われます
ただ、後背地が小さい山になっていて、やむを得ない無垢な被害ととらえるのは無理な面があるかな・・・・ご遺族の訴訟提起は自然な行動と思いました。
一山越えて雄勝の仮設商店街へ。わかめやふのりなど海産物をいろいろと買って自宅に送ってもらいました。
駅は新装されていて、地元の店のきれいなショッピングモールができ、混雑していました。
でも、駅とショッピングモールの周りは住宅はありません。いままで無数の傷跡深い漁港や河口の町の平原を見てきたせいか、このきれいなモールにちょっと違和感は感じました。でも地元の方にとっては潤いになるのでしょう。
私はここで昼食を食べ損ねて先に進みましたが先の食堂も長蛇の列で食堂での食事はあきらめてもうちょっと進んだ民宿でカップラーメンを分けてもらいました(ちゃんと買いましたよ)。腹が減ると動けなくなるので(^^;
↑女川の原発のあたり。カメラで写すと奥のほうでセンサーがぴかっと光りました。選別、監視されているようでいやーな感じ。
女川から旧牡鹿町へ。
すでに牡鹿半島に入っています。漁港から漁港はすべてアップダウン。これまでもそうでしたが、牡鹿半島に入るとなおさら顕著です
きょうの宿は鮎川浜先の黒崎にあります。本当は東部を巡ろうと思ったのですが、6時回りそうなのでそれは明日にして石巻湾沿いに出ました。
高台にある宿からも海が見えます。今日の宿は浜から移転して新しい建物でした。もとは数キロ先の新山浜で営業されていたとのことでした。
この日もたくさんの海鮮でおなか一杯になりました。ほかの宿泊者は工事関係者4名でした。
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