雲の平、鷲羽岳、笠ヶ岳(折立から新穂高)
夏前半のメインイベントかな。昨年の同時期より一週間早いが梅雨明けのタイミングで折立から新穂高まで歩いた。
昨年は黒部五郎岳、三俣蓮華岳、双六岳で新穂高に降りたが、今年は太郎平から薬師沢に降りて1泊、雲の平、鷲羽岳と繋いで三俣山荘に1泊、薪道から双六小屋経由で笠ヶ岳に向かって笠ヶ岳山荘で1泊、笠新道を新穂高に降りて終了とした。
計画はおおよそ出発の10日前。梅雨明けのタイミングを狙うなら3連休が最もいいかなと予想したが、小屋の予約が難しいので2日後ずれさせた。それに、私の身分だと連休を外すべきなんだろう😅
20日日曜日は富山の東横インで前泊。
21日月曜日。連休最終日に折立(富山からバス)から8時に出発。ちょうど下山ラッシュで夥しい登山者とすれ違った。
(太郎兵衛平付近にて 左 今回行く鷲羽岳が見える。 昨年はここで泊まったが今回は通過)
太郎兵衛平から400mくらい下がったところの薬師沢小屋に宿泊。水が豊富で綺麗な小屋だった。この日は連休最終日で余裕があった。2畳分使えてラッキー。
22日火曜日 朝は快晴(だんだん雲が多くなって午後は雷雨があるかも、という予報だった。予報はこの数日ほぼ同じ)。また500mほど登って雲ノ平へ。だだっ広い溶岩台地で、池塘が点在。高山植物の宝庫とされ、ナントカ庭園と名付けられた区域があちこちあって秘境感はないけど秘境秘境と言われて登山者には人気の高い地域なのである。私は高校生の時の部活動の合宿で来たことがあった。きつくて重くて暑い登りから解放されて嬉しかった記憶がある。そういう意味でも天国のような場所としてインプットされていた。45年ぶりに訪れて感無量であった。雲ノ平のような綺麗な場所は他にも多いと思うようにはなったが、四方をアルプスの山々に囲まれているという点で特別な場所といえよう。
(いずれも雲ノ平にて。雲ノ平山荘でちょうど荷揚げのヘリコプターがやってきた。花もたくさん撮ったけどスペースの関係で省略)
祖母岳に立ち寄ったり、山荘に立ち寄ったりしつつ、祖父岳を経て鷲羽岳へ。高校の時に来たらしいが、思い出せなかった。当時は百名山ブームはなかったし、特段意識しなかったのだろう。薬師岳、雲ノ平、三俣蓮華岳、烏帽子岳と野口五郎岳、そして槍ヶ岳(合宿は2回とも北アルプスだった)は記憶しているのだが。
(9月追記)鷲羽岳は初めてだった。高校時代の友人によると、合宿時は裏銀座(船窪岳からの予定だったが雨で1日カット。烏帽子inだったらしい)からきて鷲羽を省略して黒部源流から三俣に行ったらしい。
(鷲羽岳付近にて 雲が多くなったが、それまでの薬師岳、黒部五郎などに加えて、水晶岳、赤牛岳、裏銀座などが大きく見えたが、パノラマを眺めながら大休止とした)
降りると今日とまる三俣山荘である。この日はなぜか眠れなかった(なぜかということもないか。イビキのせいなのだが、うっかり耳栓をしまい込んでしまっていた)。疲れていてもこうして眠れないことはあるが、8時間ずっとじっとしてればかなり休息は取れるはず!と思いつつ、でも翌日はちょっとバテたな。やっぱり耳栓大事である。ないと養豚場にいるようであるが、あればオペラの会場にいるようで、音の振動が眠りを妨げない程度に和らぐのである。
(三俣山荘と鷲羽岳 ここから見る鷲羽岳は立派だ。百名山に選ばれるのもわかる。昨日登った時は手前のワリモ岳の方が目立っている感じもした)
23日水曜日。今日は笠ヶ岳まで。未明から動きが多くてだらだらしていたつもりでも結局4時半に出発。朝は素晴らしく快晴だった。
(左 槍穂高 左二枚目 三俣蓮華岳 昨年行ったので今回は行かない。右二枚は双六小屋付近。この時は笠ヶ岳まで見えていたが、まもなく霧がかかってしまった)
目指す笠ヶ岳はだんだん見えなくなってしまい、横目で見ながらの槍穂高もだんだん霧がかかってきたので、足元の花を楽しみに歩いた。
(笠ヶ岳に向かう稜線にて。右 抜戸岳にも寄ったが何も見えず)
笠ヶ岳のキャンプ場に着いたが、すぐ近くのはずの山荘まで足がやたらに重くなりずいぶん時間がかかっていた。標高のせいかと思ったが、翌朝は快調だったので、睡眠不足だったのだろう。山荘で受付して、空荷で登ったけどやたらに疲れた。景色は見えなかったので、翌朝また行こう。朝は晴れるはずだ。
(笠ヶ岳山頂にて)
夕食後に宿泊者みんなして槍穂高や夕陽や虹やらを眺めて感動しきりであった。
(左 こうしてみるとどうということはないようだが、現場でみると槍ヶ岳が夕陽に照らされてだんだんクリアになって、槍ヶ岳の山荘まで見えたりして、みんなして感動していた。 右 笠ヶ岳の霧もいつの間にか取れていた 槍穂高の方角で時折雷が光っていた)
24日 登山最終日
多くの人はご来光で笠ヶ岳まで往復していたが、私は朝食後にゆっくり登った。アルプスはもちろん乗鞍、御嶽さらにもっと遠くの山々も見渡せた。山頂への石だらけのゴロゴロとした登り。
突然記憶が蘇った。
ここも高校の合宿で来ていたのであった(記録とか残してないので確定ではないけど。記憶に間違えなければ荷物を置いて空身で登ったと思う)。
(9月追記)高校時は三俣から双六、笠ヶ岳と来て笠新道から降りたらしい。つまり空身で正解だったようである。
(左二枚は朝、山荘から槍穂高の方角。 右は笠ヶ岳山頂にて)
山荘を6時半すぎに出発。私が最終出発者のようである。キャンプ場も何組かいたはずだが全員撤収していた。雪解け水を汲んで出かけた。山と高原地図を
(左 笠ヶ岳と山荘。すでにみな出発していた。右 笠ヶ岳よ、さようなら)
あとは笠新道を頑張って下るのみ。花と雷鳥を励みに降ったが、樹林帯に入ってからも日差しが強いし、当然気温が上昇する一方なので、前日に比べれば足取りは快調だったが、熱中症気味になってきた。日陰で15分休んで、雪解け水を頭にかけたり、手拭いを濡らして首や脇を拭いたりして回復(もちろん水分や補給も摂った)。足取りも軽くなり登山口に降り立った。
(左から二枚目は雷鳥親子で雛が7羽はいたのだけど、あまり近づけないので拡大してもよくわからない。親鳥のすぐ左の岩に三羽いる。ハイマツで見かけることが多いように思うけど、岩もなかなか保護色のようである。ヤマップの同日の記録を拝見すると熊もいたらしいが、私は見なかった)
新穂高ロープウエイ付近の中崎荘で4日ぶりのお風呂。汚れを落として、髭を剃って、普通の歯磨き粉で歯を磨いて、ゆっくりお湯に浸かった。
3時前のバスに乗って平湯温泉で乗り継ぎ松本へ。道中は夕立、一時は激しく降っていた。松本のホテルで洗濯なんぞして、私はアルコールは飲まないし、炭酸も禁じているのでノンアルもダメ、いつもの通り、乾杯はソフトクリームにしておいた。
今回の300名山(いずれも100名山)2座は遠い昔に行ったことがあるようだが、膵臓癌手術後はもちろん初めてである。雲ノ平も再訪できた。昨年と同じ折立in新穂高outの3泊4日だが1日の行動時間は長くなり、大丈夫かなと思わないでもなかったが、天気にも恵まれ(悪天候を避けて予定するからではあるが)、満足のいく山行だった。
術後いつも思うけど、生きていてよかった。まるっきりの健康体ではないけど、心はおだやかである。引きこもり気味ではあるが、本来の性格通りに生きているだけだ。
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コメント
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雲の平、三俣蓮華,行きたいです。天候に恵まれ素晴らしい山歩きでしたね。私の高校時代は南アルプスでしたが、記憶が現地で蘇るのは素晴らしいですね。
投稿: Zen | 2025/07/29 10:44
Zenさん、こんにちは。
笠ヶ岳小屋からの大きな石を踏んで、急に記憶が蘇りました。笠新道から降りたかクリヤ谷に降りたかは思い出せません。高校時代は2回とも北アルプスで、当時は北ア=軟弱 南ア=硬派 とされたような?雲の平に来ることはもはやあるまいとずっと思ってたけど、病気のおかげで来る気になりました。
投稿: とし | 2025/07/29 18:38
としさん、猛暑中お見舞い申し上げます。私は硬派だったわけではありませんが、30kg近くのキスリングを背負っての縦走は確かにきびしかったです。わたしは病前に南アルプス再訪を果たしましたが、病後は北アルプスに行きたくなりました。軟化したからかもしれませんね。
投稿: zen | 2025/08/03 13:00
Zenさん、こんにちは。
おしゃれなイメージや標高差が少ないと言われてた気がしますが、今の私には北アルプスの標高差も応えます。というか、最近は2500m級の山でも暑すぎですよね。昔のイメージだと早朝は寒かった気がしますが・・・
南アの南部も行きたいのですが、アプローチが難しいのと、赤石荒川の周回コースにしても、1日どれくらい歩けるかプランニングに迷っています。
投稿: とし | 2025/08/04 17:36